涼:「もう、なんともないというのに、この心配性ッ!」

  有坂:「あ! ………なりませんよ!
 風邪は万病のもとと申します。

その元の予兆が、悪寒、発熱、咳、動悸!
おそろしく丈夫なお体とはいえ、
それも、日々の規則正しい生活と、十分な養生あってのこと。

さ、お手をこちらへ!」




 有坂:「…………ほら、ご覧なさい。
いつもより、脈拍が随分早い。
さては、腹でも出してお休みになられましたな。

まったく、夏風邪はなんとかが引くと申しますぞ。
 もう、子どもではないのだから、
お気をつけ下さいまし!
習い巫女さんに言って、腹巻きでも用意してもらいますか?」


涼:「いらぬわ、阿呆ッ!(ぬぅッ、と、仏頂面!)」

有坂:「姫! 己の否を指摘されて、膨れ面をしない!
まったくもう、人としての基本ですぞ!」






有坂:「(ますます膨れた涼の横顔を見て、ふと、何故か嬉しげに。

気付かれるか気付かれぬかという微かな動きで。
唇を、その手に寄せる………!)」






 …………おや?

あぁ! もう始まっていたのですね!

 繰り人より、伺っておりますよ。
先日、やっと、念願の管理職になりましたのに、
昨今の公務員改革で、管理職手当は下がるわ、
残業手当は付かないわ………
講師ならば、法にも抵触せず、私でもできます。

良い先はないかと、
探していただき、斡旋戴いたのがコチラでして。

遅ればせながら、こんにちは!

本日よりこちらで教鞭を
とらせていただくこととなりました。

有坂岳彦と申します。
どうぞ、以後、お見知り置きを………






 いや、これはオハズカシイところを!

繰り人もお人が悪いなァ!
始まっているのならば、始まっていると、
一言言ってくださればいいものを、
黙って、ずっと、繰っておられるのだもの。

皆さまにも、いやはや、とんだところを
お見せしてしまいました。

初日から、これは、顔が赤らみます。






さて………こちらでは、
恋愛一般に関するあらゆる手ほどきを
させていただくところと伺っております。

私の理解に誤りはございませんかな?


あぁ。今のをご覧になられて、
私で講師が務まるのかと、不審顔をしておいでの方が
いらっしゃるようだ!
そのようなお疑いをお持ちでは、これから私が何を申し上げても
その耳には入られまい。


よろしい。
では、まず、お約束いたしましょう!

この期末に、私の講義に意味がないとお思いになった方は、
学期分の授業料のご返還を要求下さい。
その分は、私が身銭を切っても、必ずやお返し申し上げる。


さて…………そのかわりですが。


もし、私の講義に心底ご納得戴け、
望むままの幸せを手にされるか、または、来期も、
私の講義をご希望下さるときには。
講師料の倍額を私にお支払い戴きたく存じます。


………如何ですかな?

おや、これはまた、鳩が豆鉄砲でも食ったようなお顔ばかりだ!


ご安心くださいな。
まずもって、これは、随分と、こちらに分の悪い話でございますよ!
なにぶん、満足するしないは皆さまの胸のうちのこと。
体重や身長のように測れるものではございませんもの。

マァ………しかし、不思議と誰の損にもならぬのです。
皆さまの方が、きっと、喜んで倍額払って下さることになる。
私には、自信も確信もあってのことでございますがね。






 お。笑われた方がいる。

まだお信じいただけないですかな。
 この有坂岳彦、ふるっておりますのは、
別段、弁舌だけではございませんのですがね。


あぁ。

先のじゃじゃ馬姫さまですか!
私の趣味が悪いと。

………笑止。
あの方は、あれで良いのです。


私は、人並より5割増し程度の女性経験は、
すでに学生時代に終えてございます。
ここでわざわざそれを披露するつもりはございませんが………
妬みをかって、夜中、後ろから刺されでもいたしましたら、
イヤですからね。心底、願い下げです。


しかし、それを踏まえて申し上げさせて戴くが、あの方は、
なんのてらいも飾りもなく、心、そのままでらっしゃる。
そのような女性が………いや、人が、どれほどに貴重で美しいか、
まだ、皆さまはご存知になっておられぬだけだ。


化粧の虚飾や、言葉の煙幕など、じきに剥げます。
内にどれほど眩いものをもっておられるかを見抜き、
それを、磨き、育ててさしあげる。
そのようにして、身上、どれだけその方を愛し尽くせるかが、
まことの男の甲斐性というものでは
ございませんかな?







まぁ、そのような話も、本講義では、おいおいに
詰めてまいりましょう。


そして、かならずや、
ご満足で幸せな学期末を迎えて戴きましょうとも!

………おっと、では、そろそろ、このあたりで失礼いたします。

ほら、もう。

あぁ、いかん! また、こらえしょうもなく、ご短気な!
………オカンムリだぞ………!




*



涼:「あァりさかァッ! 何を一人でぶつぶつ言うておるッ!
もうボけたのか、細田に言うて、お目付役をおろしてしまうぞッ、
一体、何をしておるかッ!」


有坂:「あァ、はいはい! 申しわけございません。今、参りますとも!

いいえ、ねぇ。私もいろいろ大変なんでございますよ。
住宅金融公庫の繰り上げ返済計画を変更したくない限りは、
せっせせっせと働かなくっちゃあです。

こんなことなら、昇進断れば良かった。
残業手当なくなるのに、管理職手当は下がってるし!

まったく、公務員大暗黒時代ですよ、
とほほ………やっぱり家は、身の丈に過ぎた買い物だったかなァ。
前回の事件で、車も買い換えさせられたしなァ………!」


涼:「(唇を歪めて振り返り)有坂ッ、私には日本語で話せ!
横文字は使うなッ!」

有坂:「(溜息)全部、日本語ですよ………」





*
バカばっかりだ………(劇終)笑!

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