fake-face 




















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フェイク・フェイス at 【Ark】






 「蔡がさ。なんか、送ってきだけど、どうやら、兄さんに試して欲しいらしいよ」
 小脇に荷物を抱えたヨハネの言葉に、面倒そうに頷く。
別に不機嫌なわけではない。
 彼が、何事においても面倒そうなのは、今にはじまったことではないのだ……時には生き続けることすら、たまらなく面倒臭く思えることがあるくらいだから。
 両足をテーブルの上に投げ出し、顎でそこへ置けとしゃくる。
 ヨハネは、不承不承だけど従いましょう、と言いたげに唇を尖らせ、荷物を豪華な総装飾ついた食卓の上に置く。置いたというのは微妙な贔屓目を含んだ表現で、ぎりぎり、放りだした、に近い。
 いかに力の差が歴然とした兄弟だからといって、部下のように文字通り顎で使われるのはおもしろくないと見える。
 それが手にとるようにわかるから……身分相応かどうかは別として、人間にとってはおそらく必要なものなのだろう、プライドというものも……まぁ、少しは尊重するつもりで、包みを開くのは己でやる。
 我ながら、なんとも気遣いのできた男であることだ。
自分で自分を皮肉りながら、開いた包みの中のものを見て、あぁ、と、頷いた。
 なに?と、尋ねる顔で振り向いてくるヨハネに、
「かねてよりあれがずっと作りたがっていたものだ。なるほど、試作ができあがるほどになったか」
 呟きながら、取り出す。
香水瓶と、別に変わった様子もないコンタクトの入ったケース。そして、拳大ほどの、銀色の機械。それらが、膝上にちょうど納まるくらいのアタッシュケースの中に、綺麗に収納されている。
「……小さいな」
 さすがに少し驚いたようにその機械を掌に乗せて眺めていると、何が彼を驚かせたのかと、ヨハネも気になったらしい、隣にやってきて、同じようにそれを覗き込んできた。
 第三者がその場にいれば、同じ顔が二つ、窓からさし込む明るい日差しの中にまるで聖堂画の天使の絵のように並んだ姿に、眩い思いをしたにちがいない。
 ヨハネとイサク………性格にはまるで同じところはないが、彼らは、双子だ。
「何に使うもん?」
 ヨハネに尋ねられ、イサクは端的に応える。
「なんにでも」
 はぐらかされたと思ったらしい。ヨハネがまた、目を三角にして、口をつぐんだ。そうではないと、イサクは失笑する。
「なんにでも使える。そういう、便利な道具だ。人の……五感を、こちらの思うように欺く」
 まだ、ぴんと来ないらしい。
イサクはそれらの一つ一つをテーブルの上に並べて、最後にこれが包みの中ではもっとも大きな荷物だった……取り扱い説明書とおぼしきファイルを、膝の上に残す。
 彼自身は、蔡から充分なレクチャーを受けていたらしい。説明書をめくる必要も感じないようすで、ヨハネに指し示した。
「瓶はおなじみのGF……ゴースト・ファウンデーション。こちらの痕跡を認識させる能力を相手から奪い、相手の行動をも制約する、蔡自慢の合成香料。そして」
 残るコンタクトと銀の機械を指し示して、さらに続ける。
「人の五感は、言うまでもないが、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚だ。蔡がめざしているのは、そのすべてを外部から制御する「坤(こん)」の兵器。GFが嗅覚からの制御なら、あとの二つは、視覚と聴覚から相手を制御しようというもの」
 おそらく、と、イサクは息をつぐ。
「コンタクトは、これをつけ、こちらから相手の視線を捕らえることで、相手の思考を有る程度自由にできる。また、こちらの機械が何よりの蔡の労作だな。これは……聴覚から、働きかける。一定の波動で、もちろん可聴域を超えた音を出すものだが、これと、コンタクト、そして、GFを合わせて使うことで、おそらくは、たいていの人間なら、たやすくこちらの制御下における」
 ヨハネが、小さく、息を飲み込む音がした。
「この機械の波動をあらかじめ設定しておけば、どのように制御したいかまで、細かくこちらから指定しておくことも可能になるだろう。まだ、試作のようだから、どこまでが可能なのかわからんし、おそらくは、蔡も、それを知りたいがために私にこれを寄越したのだろうが………要は、実際に使用して、データを返せということだ」
 しばらくは出すべきコメントが思いつかなかったらしい。
なんのつもりなのか、ためつすがめつ、いろいろな方向からテーブルの上に置かれたそれらを眺めて、感心したように頷いていたヨハネだが、やがて、嘆じるように、蔡ってオレより年下なんだけどなぁ、と、呟いた。
「あいつ、やっぱ、マダムが見つけてくるだけあって、頭抜けてんだ。オレとは、UKの新譜の話しかしないから、そんな事を考えてたんて知らなかった……兄さんとはそういう話をしてたのか」
「誰でも、話をするときは、相手を見てするものだ。それをしないのは、お前くらいだぞ」
 イサクがさっくり言うと、ヨハネは声をなくして、顔を歪めた。
弟をいつものとおり言葉の刃でさっくり両断してから、相手を傷つけた事にもまったく気付いていなさそうな様子で、イサクはもう思考の淵に彷徨っている。
 おそらくは、その道具をまず、どこでどのように試すのがもっとも無駄なく有効で、しかも効率的なデータを得られるのか、と、思いを巡らせているのに違いない。
 ………が、表情に常に乏しい、何もかも退屈そうな横顔が、ふと、何かに思い至ったかのように、急に……なんというか、人間らしく、なったので、傷つけられたはずのヨハネの方が、瞬きして、イサクを眺め直してしまう。
 ヨハネの視線に気付きながら、だが、思いついてしまったことを、もう、頭の片隅からうち払えなくなったという感じだ。
 イサクは、迷いと可笑しみとごたまぜにしたような顔つきで、ふむ、と、片頬を歪める。
「一人だけ……いるな。この機械の有効性を、誰より証明してくれそうな人間が」
 それだけ聞いて、何故か、ヨハネにも、兄が誰を思いだしているのか、まるで目の前に写真を突きつけられたかのように、はっきりと、わかってしまった。
 ヨハネは、あからさまに顔を歪め、兄に大きく頚を振る。
「やめとけよ! あの連中に関わるのだけは! オレは絶対イヤだ!ほんと、もう懲り懲りなんだからな!」
 言葉を区切って強調し、絶対駄目だと釘をさすのに、イサクの方はもう気持ち、八割以上は固まってしまっているようすだ。
 その証拠に、その表情が、先ほどまでの退屈など嘘のよう、俄に、走る草原を得た獣のように、活き活きとしたものに変わっている。
「別に、お前に迷惑はかけん……。行って、ただ、試してみるだけだ。これが、どの程度まで、使えるのかどうかをな」
 ………イサクがこんな目をしてしまっっては、もはや、誰も止められる訳がない。
 頭の中に浮かぶ禍々しいとしか表現できない女の顔。それは、非常な恐怖に裏打ちされている。反射的に、背中がざぁっと粟くりだつ。
 どうして、まぁ、イサクもあんな女を、事あるごとに構うのか……あの兄妹にかかわって、これまでろくなことなどあった事がない!
 ヨハネは、不吉な思いに、喉に、苦しい唾を飲み込んだ。





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