[The shaved ice in a hot vessel(熱いお皿のかき氷)] 




















[The shaved ice in a hot vessel(熱いお皿のかき氷)]

熱いお皿の
 まぁ………思い返せば、就職して、足かけ3年。
よくも、耐えに耐え抜いてきた!


 眠気でくらくらしながらも。
 近くの24時間営業の大規模量販店で、店員を半ば言葉の洪水で
溺れさせるようにして出させてきた、
 季節はずれのかき氷メーカーを小脇に抱え。


 氷みつと、二キロ入りの氷の包みを、自分のためのビールのほか、
ジュースやお菓子、明日の朝食べるためのパンなどで一杯になった
ビニール袋とともに、両手に下げて、家に戻る。


 建ててまだ一年と少しという家は、仕事を終えて帰って寝るだけの
場所と化しつつあるので、十分、新築で通るふう。

 玄関をあがると、廊下の奥から、風呂場の水音が聞こえてきた。
彼の姫君が、まだ、浴室で体をくつろがせているのだろう。



 折しも年の瀬も押し迫った12月に、ほとんど3日ぶっとしで、寒空を
走り廻された退魔のあとだ。

 何時間湯船に浸っていても、足りない心地なのに違いない。



 無論、疲れ切っているかといえば、有坂も状況、状態としては、同じである。
いや、もしかしたらもっと非道いかもしれぬ。
 涼は前も後ろも考えず、ただ刀と符を振り回して魔を追いかけ回していれば
済むが、そのお目付たる彼はそうはゆかない。



 国にまつろわぬ魔を排除する<特別皇宮警備機構>……通称<オモテ>………
第三処理室の職員たる彼は、純然たる公僕である。



 退魔の間中、自分は食いはぐっても、<ご守護>様たる涼には三食食わせねば
ならぬ……のはまぁ、致し方なしとして、
 涼や魔が物を壊せば、保障をせねばならぬ。
騒動になれば、治めねばならぬ。


 この作業が、もう、神経を摩耗させるといったらない。


そもそも、できるだけ人目につかぬようにするのが退魔の常識。
 そのための戦場の設定や誘導、道路閉鎖の手配も彼の仕事だ。

あってはならぬ話だが、もし、まかり間違って、
 涼や魔が民家にでも踏み込みでもすれば、
抵当な言い訳を(そんなもの、都合良く浮かぶものか!)百もならべて、
住人を煙にまくことなども、まったくもって馬鹿馬鹿しいが、
 あきらかに彼の仕事である。


 あちらへこちらへと姿を隠し逃げ回る魔を、頭に血を昇らして、符をたばさみ、
衆目かまわず空を駆って涼が追いかけてゆく時など………、
 どうか頼むからなにもしでかさないでくれと、
もはや祈るような心地で後ろから車で追いかけねばならぬ。
 そういう時は、胃が、もう、有刺鉄線でぐるぐる巻きにされていくかのように、キリキリ痛む。


何度、もう、絶対辞めてやると、心の中で絶叫したことであるか………!


 疲れはもはや、ピークに達している。
しかし、それでも這うようにしてダイニングキッチンにたどりつき、
 有坂は、買いたてのかき氷メーカーを洗って、この12月にかき氷など作る
用意をはじめていた。


 無論………涼が………あの我が儘姫が、食いたいと強固に言い張ったからだ。


もはや、有坂の表情が、世紀末的に不機嫌であるのは、見間違いようもない。

 氷みつのかわりに、塩水でもぶっかけてやろうかと思うくらいだ。

 消費税込み3650円………青色の、くまだかペンギンだかの顔のついた
かき氷メーカーは、単4電池、四個で動き、動かすと可動式の目が、
右へ左へと移動する。

 それをじゃぶじゃぶと冷水で洗いながら、ますます有坂の目は据わってくる。

これだけ休みなくこきつかわれて、しかも、残業手当は一銭も望めないと来た……


「有り得ん…………ッ! 絶対に、労基法違反だ!」


 呻くと、肩にドッと疲れがのしかかり、自ずと背中も丸まる心地だ。
得体のしれぬ生物をかたどったかき氷メーカーのぎょろ目の顔を、彼は、深く
睨み据えた。


☆★☆


 
 気がつくと、午前一時を回っていた。

驚いて、飛び起きる。
 居間にかき氷を作る用意を持ってきて、
ビールを一缶、こっそり開け、涼が風呂をあがってくるのを
待っていた。


 そこまでは覚えている。
だが、どうやら、ほどなく爆睡と言っていい勢いで、眠りの淵に
頭から突っ込んでいたらしい。


 二時間程度の短い眠りだったが、それでもかなり焦った。
耳を澄ましても、風呂場の水音はさすがにもう止まっていた。
机の上に用意していた氷は………すでに水にもどっている。
 しかし、その量が、すべて水に戻ったにしては、おや……
いささか、少ない。
 有坂は、己の唇に手をあてた。


 氷みつの蓋は開き、減っている。
なにより、用意していた、ガラスの器とスプーンは、
 ひとりでに足でも生え、散歩にでたのか、その場にない。


 自分で………作って食べたのか。



 意外な心地になるのは、涼が、自分では茶を煎れたこともない、
超絶箱入り娘(という表現が正しいかどうかは、百家争鳴のとこ
ろだが)であることを、身に沁みて知るからだ。


ガスコンロの火もつけられない御仁が、
 よくもまぁ、かき氷メーカーの使い方が解ったものだ。
いささか感心しながら………
 自分の体に、隣のソファーから引き剥がしたらしい、
ソファーカバーがかけてあるのに、このとき、初めて、
 気がついた。


 ふと………胸の中に、静けさが広がる。


 言葉にならない、不可思議な、それは、しかし、使われた
後のかき氷メーカーに向ける複雑な視線がなにも導き出さないように、
己にもしかとは掴みづらい。

 解るのは、自分がこの、このとき以外にはもはや出番はなかろうと
思われる、無用の長物をわざわざ買いにまでいって用意している間中、
なかば、無意識に想定していた場面があったことと………

 それが、現実のものにはならなかったことの二つだ。


 想定していた場面?

………かき氷ができるのを、目を丸くして、居間のテーブルに
かじりつくようにしながら、頬を紅潮させ瞳を輝かせ、息を飲んで、
見守る涼と、
 呆れた顔で涼の有様を眺めながら、それを作る自分。


 なにをかき氷くらいでそんなに喜ぶのかと、首をひねりたくなる位、
きっと、涼は大興奮したに違いないのだ。
 なにしろ、初めて見るものだろうから。


 それまでは、かき氷は、包丁で厨房役が削って作っていると信じて
いたらしい。
 まぁ、葛葉神道家では、そのくらいの事はしているのかもしれない
が………
 このたわいない機械が動くところを見れば、それはもう大喜びで、
抱いて寝ると騒いだかも知れぬ。
 そうなったらなったで、ベッドが汚れると、彼はまた頭を抱える事に
なったかもしれないが………


 頬杖をついて、気付くと有坂は細い吐息をついていた。


何故だか、がっかりしている。


 そして、胸が、小さく、痛んでいる。
こんな些細な事で。
 自分はとても疲れていて。
面倒で仕方がなかったはずなのに。


 とんでもなく楽しみにしていた遠足を、雨で流された小学生の
気持ちになっている自分が、怪訝だ。


 もう、涼はとうの昔に欲しかったかき氷を一人でなんとか作って
食べ、部屋へ一人でひっこんで、
(居間で寝ている彼に困惑し、とりあえずソファーカバーを掛けて
 いって後、だ)
 今頃、すっかり夢の途だろう。


 胸がまた、つくりと痛む。
小さな穴が開いて、そこに呼吸がしみる感じだ。
 見損ねた笑顔が、それほど重要な意味を持つとも思えぬのに………


もう一度、深い吐息を吐くと、有坂は自分でも良く解らぬ心地で、
 しかし、何かを諦めたように、のろのろ、ソファーを立ち上がった。


                            




☆★☆


 


 部屋に戻って、着替えをとって、自分も風呂に入る事にする。
マンション住まいと違って、一軒家は、こういう時、気遣いが
少なくて済むのが助かる。


 そのかわり、空けがちな家に泥棒が入らぬかとか、町会の公園
掃除とか………まぁ、面倒は多いが、そこはそれ、一長一短だ。


 脱衣場に入ると、涼の着ていた服が、脱いだままの姿で、その
場に落ちている。


 溜息混じりにそれを取り上げて丁寧にたとむと、ランドリー
ボックスの上に置いた。
 まかり間違っても、洗濯機にかけてはいけない。
肌着はともかく、あとはクリーニングだ。
 陰干し程度では、3日の退魔の汚れは落ちない。


なに、ご心配なく、着替えならちゃんと用意してある。
 前回、退魔の帰りに涼が泊まっていったとき、
同じようにクリーニングに出した装束を、ちゃんと、
 出る前に陰干しして出てきている。


 いついかなるときも、そつなく、起こるだろう事態を見越し、
周到に準備して、事にあたる。
 これぞ従者たるものの心得だろう。
胸の内で、静かに己の手際に、数度、頷く。



 風呂を沸かしなおしながら、その間に歯を磨き。
しかし、それだからこそか、自分のことは、つい横着になる。

あぁ、面倒だ、頭を洗うのは明日に廻そうか………

 そんな事を考えながら、風呂場に入って、ふと、どきっとした。



 薫りが………残っている。
甘く瑞々しい。
 肌の香りだ。


 ………どきまぎしないといえば、嘘になる。
が、それも変な気がする。なにしろ相手はあの我が儘姫さまだ。
どれだけいい香りがしたとしても、あの我が儘ぶりを思い出すと、
気持ちの9割強はへしゃげようもの。


 そう思うと、見事なもので、もはや、何事も感じない。
ザァッとシャワーの蛇口を捻る。


 ………出逢ったとき、彼は22で、彼の姫は16だった。
今は、彼は25で、元日生まれの姫君は、じきに19におなりあそばす。
 もう少ししたら、いわゆる、成人だ。
こんなふうに、いくら退魔帰りだからと言って、
 気安く家に泊めるのは、そろそろ止めた方がいいのかもしれない。


 ふと、そんな風に考えている思考の反対側で、
奇妙なこと、体はまだ、姫君の残り香を感じていた。
 肌で感じる匂いがあるなどととは、思ったこともなかったが………


 明日にしようかと思っていたのに、気付くと、
頭からザァッとシャワーをかかっている。
 これでは、頭を洗わぬ わけにはゆかない。


 疲れているんだな。
有坂はそのまま重たく首を垂れたまま、シャンプーを探して、手を伸ばした。



☆★☆ ☆★☆ ☆★☆



 温もった体を自室のベットに押し込みながら、
しかし、まだかき氷を涼に作ってやれなかったことを考えている自分に、
 有坂は、疲れた目を閉じながら、ようやく、本当に奇妙に思い始めて、
眉を寄せている。


 いや、考えてみれば、このようなこと、
これが初めてというわけではない。


 たとえば………大きな話で言うならば、
まさに、この家をたてるとき。


 家相について相談しているつもりが、壁紙の色や、部屋の作りなど。
気付くと、涼の好みをあれこれと聞いていて、妙にそれを尊重していたり。 


 就職たった2年目で、自宅を建てるなぞという、腹の据わった買い物に、
彼の上司である室長の細田などは、さんざん嫌味を言っていたが、
 その建築が進むがごとに、何だか、おかしな想像が、
ちらりほらりと、何度となく頭を過ぎっていくことがあったり。


 あぁ、そう、例えば、
仕事から帰った彼を、涼が、玄関で出迎えて、飯を作れ飯を作れと、
 まとわりついてくる、とか。

 深夜のホラー映画を(涼が好きなのだ。平気な顔で、魔は狩るくせに、
ホラー映画は真っ青になって、顔をクッションで半分、常に隠して見る)、
居間のソファーで見るのに付き合わされている自分の姿、とか。


 思えば自分は、
一番、良い部屋を、彼女のためにあてているが、
 そこは、もう家が建つ前から、涼が使うという事を、考えていて、
三面鏡などの家具さえ、最初から自費で揃える計算をしていた気がする。


 涼は確かに我が儘で、考えも思いやりもなく人をこきつかう大迷惑な姫君だが、
気付くと、別に強制されたわけでもなく、
 あれやこれやと先回りして、慮っている自分がそこにいる。


 そこまでする必要がどこにあったと、自問すると、返答ができなくなるような。
阿呆らしいことも、考えているときには、それ以外の答えはないと、
 自分では信じて疑いをもたぬ当然の思考であったりしているから………



 …………疲れているのだ。
有坂はもう一度、強く考えて、今度は深く瞼を閉じた。

 考えるのはもうやめよう。
思考がこの夜に奇妙な意味をもたせたがるように、おかしな答えを探りだすのは、
これはもう、超絶的に疲れているせいだ。

 とにもかくにも、眠るに限る。

 布団を肩にまでひきあげ、
良く日にさらしてあるから、ふっくら膨れた慣れた枕の感触を頬に耳に感じると、
望むとおり、すぐに、眠気が襲ってくる。

 自分一人でいるならともかく、
明日は、涼に朝食をこしらえてやらねばならないのだ。


 退魔終わった翌日は、昼前まで食べに食べ続ける。
特に、葛葉では消してでない洋食は、涼が、有坂のところに転がり込んでくるたび、
目を輝かせて待ち受けるメニューで………


 明日は、きっと、オムライスかリゾットで来る。
ことによると、パスタあたりのリクエストもあるかもしれないが………
 とにかく、卵と生クリームは用意してある。
この有坂に不備はない。


 それを馬鹿馬鹿しいとさえ思えず、真顔で考えているのは、
半ば眠りに侵された脳のなせる技であろう。


 デザートに小倉餡つきのかき氷を出してやれば、案外、飛び上がって
喜ぶかもしれないな。


 己の事を、ただ、苦労性と言うには、どこか絶対におかしいこと………
すべて眠りの淵にうちやって。

 有坂は、また、勝手に思い描いた翌朝の朝食風景の絵図に、寝顔のまま、
小さく神妙に頷いた。




                                (終)


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