三点不一致の法則とその普遍性について 




















****三点不一致の法則とその普遍性について」001/003






  


 食堂で。
イサクとヨハネが何やら口論をしている。

 誰か捕まえて、共に食事にしようと思ってやってきたものの、
蔡は、わざわざ、彼らから少し離れた席を確保した。

 最近イサクとは冷戦中だし、だからといって、好んでヨハネの
肩を持ちにいくようなあからさまな真似も大人げない。

 君子危うきになんとやらで、淡々と、黒猿に厨房へ注文を届け
させる。

 <アーク>のコックは………コックだけでなく、ウェイター
もウェイトレスも、クルーも、彼ら以外のまぁ、誰も彼もだが
………人外であるが、別に皿の上に人の手首がまるまる出てく
るような心配はない。
 安心して、料理が届くのを待っていればいい。

 このあたり、この船の元になっており、すべての快適を約束
するための動力を提供する自分設計のシステムの素晴らしさを、
蔡はつくづく噛みしめる。

 最初にこの船の動力部分の理論を立ち上げたのは、たしか、
十二の時だった。
 この時すでに彼を見いだしていたマダムは、彼の話を聞いて、
十七までにこの理論を突き詰めて実用化できれば、誕生日のプ
レゼントとして、実現のための資金の提供しようと申し出てく
れた。
 懐かしくも美しく、心温まる思い出だ。


 こうしてイサクやヨハネが何の苦労もなくこの船の主をして
いられるのも、本来ならば、このシステムを組み上げた自分、
あってのことなのである。

 それを思うと………もう少し、普段から、感謝の気持ちや、
尊敬の念を向けられてしかるべきだという思いもしないでは
ないが、まぁ、そんな事を言うほど自分は狭量ではないので
ある。大目に見よう。
 馬鹿でも呑気でも、この双子は彼の数少ない友だ…………
それなりには、大切な存在でもある。非礼は許す。
 小人ほど小さな事に囚われると、かの孔子も言っている。


 目の前に運ばれてきた白身魚の餡かけに、スープ、あとは
飯をわざわざすこしフライパンで焦がした料理に、早速、
箸をいれながら。


 さて、何を揉めているのかと、蔡は少し、聞き耳をたてた。
食べ物が届いて、ようやく耳を他のものへ向ける余裕ができた
のだ。
 なにしろ、良く考えれば、昨日の昼から、新しく発表された
生体科学学会の研究論文に夢中になって、まるまる一日、何も
口にしていない。
 頭も体もまずはブドウ糖を要求していた。
面白そうな他人の喧嘩は、ブドウ糖摂取の、その次の次………
である。


「………なんで、今回だけ、そんな風なわけ?

  なに。何が違うんだよ。
 結局、それが終着点なんだろ?

 なら………さっさとヤっちまってよ!」


  ヨハネの声が耳に入ってきた。
 ………自然、箸の動きが止まった。何の話をしているのか、
 どういう訳か、ぴたりと話の焦点が分かってしまった。
  腹はぐるぐると強烈な空腹を訴えているのだが、手を動か
 すことも忘れてしまいそうなくらい、聞き耳をたてている。
 気配まで耳でわかるほどに。


  イサクは例によって例のごとくだ。
 挑みかかってくるヨハネの鼻先を、聞いているのか聞いてい
 ないのか、よく判らぬような中途半端な相槌で煙に巻き続け
 ている。
  ヨハネも、だが、負けていない。
 いま、抱え込んでいる問題だけは、宙ぶらりんにはしておく
 まいという勢いだ。


 「ちゃんと答えろよ!

  オレの言ってること、判る?

   今までだって口を酸っぱくして言ってきた。
  兄さんの女癖の悪いことなら、もういいって言って、
   オレだって諦めてる。
  兄さんはきっと病気なんだよ、病気!
   万年欲情してるんだ。

  でも、それも、もういい! 認めてやる!

   もういいから、さっさとあの女を抱けって言ってるんだ!
  場所だって、幸い客も誰も乗せてないんだ。

   好きだろ、変な場所。
  お好みの所へ連れてって、思い切り抱きまくれよ!
   廊下だって階段だって構わないぜ!
  オレは部屋で好きな音楽聞いてやりすごしてる。

   聞こえない振りも見てない振りもしてやるから!」


 ………ちらりと横目で見れば、イサクは、いっそ頑固に
 見えるくらい、退屈な表情を固持して、皿の上に乗った
 ジャーマンポテトとソーセージをフォークで右へやったり
 左へやったりしている。

  あれは、一体、話を始める前に頼んだものか、話を始めた
 後に頼んだものか………

  イサクがぷすぷすとソーセージを、もう食べる気もなくした
 風に八つ当たりぎみにつついているのを見ると、蔡も、別に、
 自分に何をされているわけでもないのに、妙に痛い気がして、
 顔を歪めて目を背けてしまっていた。
  食えなくなってしまったのなら、せめて、下げさせれば良い
 のに。

  どうやら、この予定外の航海の原因になっている女の処遇に
 ついて揉めているらしい。
  興味もないフリをしながら。
 魚を箸で器用に開きながら。
  だが………息は無意識に潜めている。
 ヨハネは彼が同じフロアに居ようと居まいと、関係ないようだ。
  大声で話し続けている。


 「抱いて、気が済んだら、兄さんはすっきりするんだ。
   それで初めて目が醒める。
  女なんて、どれも同じだって。

   でも、なんだって?
  約束した?
   航海の間中、嫌がることは何もしないって?
  無理矢理触れないって?

  兄さん………あんな目に合わされてんのに………
   まさか、まだ、頭の中身は眠ったまンまじゃねぇ
  んだろうなッ!

   本気かよッ?
  どう考えたってうまく利用されてんだよッ!
   いくら女に甘いったって………

   どうしてそれがわかんないわけッ?
  兄さん、あんた、ホントに………
   今日という今日はオレが言うッ! 
  ば………馬ッ鹿じゃねぇのッ!」   


   …………。
  顔をあげて、蔡はイサクらのテーブルの方を見た。
   口の中に入った魚を、噛んでいたことも忘れてしまった。

   しばらく馬鹿のように、口の中に魚を入れた頬を半分
  膨らませたまま、蔡は、皿の上のポテトとソーセージを
  飽かず転がしているイサクを見つめ続けた。
  

             



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