三点不一致の法則とその普遍性について 




















****三点不一致の法則とその普遍性について」003/003








  自己ベストとして記録しておきたいようなスピードで、食事をすべて
たいらげた。
 そのくせ、何事もなかったように、しれっとして、ナプキンで唇を拭う。

急いで食べても、旨かった。

 さすが、世界に名を馳せたシェフ(の、魂だけ、だ。正確には)を、
引っ張ってきただけのことはある。
 その腕前は、まったくもって、嘉せられるべき!


 さて、それでは、と、立ち上がりかけたところで、


「お前は、勘違いをしている」


 イサクの静かな声がきこえた。

自然、腰を浮かせたまま、蔡も視線をイサクへと投げている。

 と………ヨハネに言いながら、イサクは本当は蔡に聞かせるつもり
だったようだ………細い笑みを浮かべたイサクと、
 ぴたりと目があったから、思わず顎を引く。


 ………くそ! ひるんでなるか。


 余裕を湛えた対手の微笑みに、はや、カチンときつつも、
それを表情に出すような素直な性格ならば、おそらくはいま、
こんな仕儀にはなっていない。

 イサクに向かい、何を言い出すことやらと、わざわざ、
目を細めてみせ、薄い笑みを浮かべて腕組みしてみせる。


 ヨハネはイサクが視線を彼に向けたのを見て、初めて、蔡の
存在に気付いたようだ。
 目をしばたかせて、彼とイサクの目線のやりとりに、驚いた
顔をしている。
 それだけ真剣にイサクを諫めようとしていたのだろう。

しかしそのような弟の気も知らぬげに、
 イサクは蔡を見て、続ける。


「セックスは終着点ではないよ………
  それは、そう思う気持ちもわからないではないが。

 男と女の関係に、終着点などない。
  ただ、与え、そして求めるだけだ。

 相手にさえ恵まれれば、おそらくその連鎖は永久にでも
  続けられる。

 そして、そのような相手に、
  この広い世界で………
 嫌になるような数の人間の中から、もし、
  出逢うことが出来たなら。
 きっと、人は、そのまま昇華してしまっても、
  けして、後悔はすまいよ。

  ………ヨハネ。
 男が生きる意味は、まさにそこにあると
  私は、お前に断じても良いがね?」


  ヨハネの名を口にしながら。

 その目は蔡の鼻先を、まるで、ぴぃんと視線で弾いて見せるか
 のようだ。大仰な仕草で、首を傾ける。


「まぁ、そのような思いをしたことのない人間に、なんと
  言っても、私の言葉の意味はわかりはすまい、か」


  むかぁッと来た!

  宣戦布告。
 それが今さらなら、領海侵犯だ!
  迎え撃ったところで国際法には抵触すまい!


  蔡は、イサクの言葉が、自分にあてての言葉のようには
 装われていなかった事も忘れ、手を腰にあて、馬鹿々々しげに
 首を横に振った。


「………ハ!
  理解したいとも思わないね!

 大の男が、女一人に満足して、それで、人生終わっても
 いいなんて、なんてお手軽な生き方だろう。

  男子たるもの、世に名を残す偉業を幾つ成し遂げられるかで、
 その生きてきた命の価値が定まる。

  そこに女の介入する余地などないね!

  少なくとも男から欲する必要はない。
 あるべきようにある者の所には、
  女の方から寄ってくる。

 雌の体というものは、そのように出来上がっている。
  子孫繁栄、種の保存のための本能が働くんだ。

 より優秀な遺伝子を残そうとする、
  それは生きとし生けるもののもつ、一種の真理だよ………!」


  彼の反論に、イサクの顔が、小癪な、とでも言いたげな苦笑に歪む。
 それでもいなされている感がある。
  視線で噛みつくように斜めに睨み付けると、イサクは肩をすくめる
 ことで鮮やかにそれをかわしてしまった。蜂蜜色の前髪の下から、女達を
 たやすくからめとる菫色の瞳が笑う。


 「ならば、お好きに。
   お前はそのように待っているがいいよ。
  私は、止めない」


   ぎぃぃッと、奥歯を噛みしめて思わず身をひいてしまいかける。
  引いてたまるかと思うから、かえって、肩をのりだして、
   言い返している。


 「納得ゆかないと?

   では、大中国の歴史に鑑みてみるといい!

  遠くは玄宗皇帝と楊貴妃! かの赤兎馬の英雄、呂布と貂蝉!
   近くは毛沢東と江青!

  名のある男が女を求めて、それが男のためになったためしはない!」

   イサクは手を後ろに持ってゆき、頭を掻いた。

  「………私の引き合いに出すならば、
    せめて曹操孟徳」
  
   ………こいつは!
  ひきつり笑いに片頬を歪めながら、蔡は斜めにイサクを睨みつける。


  「いつかその道楽で身を滅ぼすぞ………!」

  「望むところだ。
    潤いもなく本に挟まれて干からびるよりは、
   余程、私にふさわしい。

    思った女の肌に触れるために死に至る。
   以外に、私の死にそうな事態が思いうかぶかね?」   


   間に挟まった形で、ヨハネが、ここでどうしてイサクと蔡が口論という
  形になるのか、ついて行けずに、目だけ、慌て、困らせている。
   それは理解できぬだろう。
  だいたい、蔡にも判っていない。

   どうして自分がそのようにムキにならねばならぬのか。

  もしかしたら、イサクにも掴み切れておらぬのかもしれない。

   この男もまた、出会い方が少しばかり特殊で、相手の質はさらに特殊な、
  しかしいつもと変わらぬただの恋愛騒動に、ただ、思いもかけず、
   数少ない己の理解者であり親友と言っても良い蔡が嘴を挟んできて、
  話が少しややこしくなっている、という………
   その程度に理解であるのかもしれない。


   しかし、それにしては、自分たちは、少し、熱くなりすぎてはいないか………!


  頭のどこかで、そう、少しは思うのだけれど、勢いのついた何かはそのような思いを
  容易く振り切って、ほとばしるように溢れている。

   互いを睨み、伺い、牽制しあいながら。

  行き着くさきの知らぬジェットコースターに乗って、競いあっている気分だ。
   どちらももう途中では降りられぬ。
  馬鹿馬鹿しいことになったとは思いつつ、蔡は、それでも、得られるはずの
  商品の事を思うと、この相手にだけは負けられぬと思うのだ。
   その理由はわからずとも。

   どうにも先行きの見えぬ、展開ではあるが、日々に飽きすぎている自分たちには、
  むしろこのくらいのほうが、丁度良いのかもしれない。

   まさしく、娯楽というなら超一級だ。
  ここ最近で、ここまで何かに執着し、揺るがされたことが、他に、あったかどうか。
   そういう点でいうならば、これぞまさしく、そうは得難い一大娯楽!

  オロオロとしているヨハネの前で。
   蔡は、いつまでもすかした顔を装い続けるイサクを睨め据え続けながら、そう
  考える。

   いささか、言い訳くさいとは、自分で気付きつつ。

   この三点不一致の法則とその普遍性については、まだまだ、その解にたどりつき
  そうにないと、何かへの弁明のように、感じつつ。


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