9月18日 「涼」



  



  先日書きました工房の件で。
 いらぬことを書くなと、繰り人がたいそう怒るやら拗ねるやら。
  強権の発動があり、ここ数日、バイオリンケースの中に軟禁です。
 日誌を書いてくれと頼み込んだことなど
  忘れたといわんばかりでございます。繰り人らしいといえば、らしいと言えるかもしれませんが……
 いえいえ、あまり滅多な事は、申しますまい。口は禍のもとでございます(苦笑)。

  そして、なにより、その間に、朱鴉、夜雀、ともに顔が8割方しあがったようでございます。

  まだまだ繰り人が言葉少なであるところを見ると、納得にはほど遠いのでしょうが、まずは、
 本日は、すこうしばかりの祝宴で、これを共に祝いました。

  祝宴といえば、かならず顔を出すのは私の不肖の妹、涼で、派手のお祭り好きは呼ばなくても普段なら
 現れるところですが、先日飛び出していってのち、まだ帰る気配もございません。
  よっぽどお邪魔している先が楽しいと見えます。

  ……少し覚悟のいることですが、本日は私の妹、涼の事を、お話させていただきましょう。

 ☆★☆

  涼は私と4つ、年が違います。
 長く離れて暮らしていたと、どこかで申し上げた事があったかもしれませんが、
  私とあの子は、本当につい最近まで、離ればなれになっておりました。
 あれが4歳のとき、私どもは親をなくし、それぞれの養い主のもとに貰われ、
  それぎりずっと逢えないままでおりましたのです。

  私などは、己の出生は勿論、あの子のことすら、正直忘れていたほどでございます。
 ありとあらゆるものから物語を聴く、この耳に悩まされ、半ば、心を病みつつありましたので……
  遠く離れ、音信も不通でありましたのに、まるで私の有様を察したように、
 あの子が私の元へ来てくれた、そのときまでは、有り体に申せば、私は生ける死人、
 世の中でいう穀潰しというていたらくでありました。

 ☆★☆

  誰にも、おそらく、そのような存在はあるのだと、繰り人などは申します。
 生きるうえで、支えとなり、倒れぬようにつっかい棒になるもの。
  それは、運命として用意されたというより、生存本能が嗅ぎ取り、選びだすのだとも。

 情けない話ではありますが、一時の私にとっては、それがまさに涼でありましたのです。

  現在はどうかというと、それは、私もかなりのバランスを取り戻し、あの子なしでは日も
 夜もあけぬという情けない有様ではなくなりましたが、それでも、あの子が手元にいない夜に、
 どこかに不安があるのは確かでございます。

  この身の恥でございますね。
  あれを頼みと思い、愛しがるのは、血のなせる技で、あれが妹であるせいか、それともただ
 愛おしいのかとは、どうかお問いにならないでくださいまし。

  その答えは、もちろんあれが妹であるからですが、いまもって私にも掴み切れぬ心中の
 不可解もあるのです。
  たとえば、あれがこの先必ず出会うであろう、運命の恋に堕ちたとき。

  私は……この身の奥に宿るだろう焔の事を考えるだけで、自分で自分が恐ろしく思え、
 同時に、背筋の寒くなる心地がいたします。私はやはり、未だ狂っているのではないか、と。

  あぁ、このような事を書くと、なんと薄気味の悪い男かと思われそうですが、
 こればかりは。この気持ちばかりは、まだ私のなかでも未消化であるのです。あれが幸せになる
 ためならば、この身がどうなろうと構わぬはずであるのに、あれが誰かのものになる
 ことだけは、どうしても許せぬ子どものような嫉妬心。この、意地の悪い、それでいて激しく
 断ち切りがたい執着は一体、誰が私に授けたものなのでしょう?

  無論、すべては、涼には、秘密の思いでございます。
 あの子に知られたならば、恥ずかしくて、とても顔を逢わせられたものではありません。
  心のある皆様、どうか、皆々様も、こればかりはご内密に。

 ☆★☆

  祝宴のおわりごろ、夜雀の頭と朱鴉の頭が互いに寄り添いあいはじめておりました。

 それを見て、繰り人もやっと少し、にやりとしましたようでございます。
  ようやく、私も物語を語らせていただける日が見えてきたということでしょうか。
 襟を正して、待つことといたしましょう。









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