Ghost Foundation 00 |
Ghost Foundation 00 **** |
さして量があるわけではない紙の束の上に右手をかざす。 しばらくして………心底嫌そうな、苦い笑みが、その顔を歪ませる。 「おい。これがすべて本当なら、私は、やはり行くのをよそう」 手をひいて、その甲で、とんとんと報告書を叩いた。 「絶対、遭いたくないタイプの女だ」 紙を、一枚もめくりあげてはいない。紐でくくられたその束に手をかざしただけだ。 しかし、それで何かがわかったとでも言うのか、もう片手で白いコートを取り上げながら、彼はその報告書を女の化身であるかのように、顎でしゃくっている。 「小さな島国で育って。世間知らずで。我が儘で。傲慢で。不遜で。計算高く。狡猾。おおよそ女の悪徳と思われるものはすべて備わっていると見える」 素肌の上にそのままコートを纏う。外は2月、まだどう見たところで冬のさまだが、寒さなど感じないらしい。白い胸元がコートの下で剥き出しに覗くだけでも、薬物中毒者さながらなスタイルであるのに、その上に紫のパシュミナを恥ずかしげもなく巻いてしまうあたり、自分のルックスに相当の自信でもなければ、考えつかないだろう。 が………恐ろしいのは、それで、おさまってしまうことだ。 黄金の髪に縁取られた物憂げな横顔は、その睫の下に、獅子の凶暴さを秘めている。 見た瞬間、誰もの眉を一瞬潜めさせるだろう、それは不吉さとでもいうのだろうか。 いや、おそらくは、不安定さ、だ。 一方だけがひどく傾いた体を持っているかのような、アンバランス。 もちろん、それは目で見える形の物ではない。 だが、どう控えめに見ても、鼻につく。 男の、唇の端が、鋭く、あがる。 「まぁ、このような女なら、いっそ、扱いやすくもあるな」 報告書を掴んで、そのまま、机の脇のごみ箱へ落とすさまを眺める。 まるで、そこに載っていた女、そのものをごみとしてそこへ放り込んだように嘲笑する。 「さてしも、阿呆な弟妹を持つと、兄はどうしても苦労するという話だ。例の……死に損ないの魔とともに逃げたという男も、馬鹿な妹のおかげで、足がつく。この程度の女ならば、三日もいい思いをさせてやればよかろう。すぐに兄の行方を吐くさ」 呟きは、己への確認であろう。 そのまま大きなマホガニーの書机に腰をあげ、机の一番端にあった小瓶をとりあげる。 その髪と同じ色の液体に、まるで恋人のように囁きかける。 「アジアは………好かん。早く、帰りたいね。マダムの采配には、恨むばかりだ。東は、どこも臭くてならん。鼻が曲がりそうだ。好きだという、ヨハネの奴の気がしれん」 小瓶の蓋をあけると、部屋中に、甘くそれでいて清浄な香りが広がった。 「臭い臭いといったら、マダムがよこしたのがこれだ」 苦笑まじりに、その小瓶の中の液を手首に軽くおしつけ、その香りを嗅ぐように、唇を寄せる。 「男が香水なぞつけねばならんような場所、いっそ、国ごと滅ぼしてしまえばいいとは思わんか? 核、ひとつでカタがつくだろう。臭くて汚い。汚物そのもののような場所に、一体、なんの存在価値がある」 凄惨、と評してなお余りある、凶暴な微笑みがその顔に浮かぶ。 「我が同胞(はらから)どもは、総じて、どうしてこうも面倒な手続きを好むのか………私には、理解できんね」 机から降りた彼の、それが出立の合図であったように、電気が消え、部屋の扉が勝手に開く。 甘い香りが、扉から外へ流れ出、そのまま薄暗い廊下へ、拡散した。 |
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