Ghost Foundation 01










Ghost Foundation 01
****002 兄君失踪

 

 店はよくよく探さねばよくわからない場所にある。

まず、国道脇の、狸や狐も見落としそうな細い林道を見つけなければならない。

 慣れぬ者はまずここで一度行過ぎて、山を登りきってしまい、首をかしげるはめになる。
そのまま次の峠をこえてしまうと、後は冬になれば少しは賑わう人工スキー場があるだけだから、尚更だ。

 看板ひとつ出ていないから、よほど注意していく必要がある。
もう少し慣れた者になると、道ではなく、上を見る。

 木立の重なる向こうに、浅葱色の屋根がちらりと見える場所があるからだ。
それが見えれば、十数えて、ブレーキをかけるとちょうどいい。

 しかしそれにしても、駐車に適した空き地でもあればいいものを、どこまで行ってもただの山道だから、乗って来た車のやり場に今度は必ず悩むだろう。
 林道は、人一人通れれば御の字で、とても車で進入できるような広さはない。

 まったくもって、どこまでも店主のやる気を疑う有様だが、これで、来るべき人はちゃんと来れるのだと店主は、豪語するらしい。もしかしたら、ほかに常連だけの知る別の秘密の入り口でもあるのかもしれないが……。

 林道の急な坂を少し上っていくと、ようやく店が見えてくる。
浅葱色の三角屋根は冬は雪が降る地だからか。
 本当に小さな店だ。住居と一体になっている。

 というより、もとは住居だったものを、店にするため、東南へ丸く増築したのだろう。
店には小さなデッキもあるが、ぎゅうぎゅうにつめても5組入ればせいぜいだ。
 住居の部屋数も、店を除いて四部屋もあれば良いほう。庭があることを考えてもほんとうにこじんまりした感がある。まわりはただの雑木林だから、もっと好き勝手に大きくしてもよさそうなものなのだが。

 家の玄関とおぼしき方には木の表札があがっている。

 書かれた名前は、桜木。その下に、鷹とあり、並んで、涼と書かれていた。
 それぞれがそれぞれ、自らの手で自分の名前を書いたのかもしれない。
桜木鷹と書かれた方は、どこかのんびりとした雰囲気の字体であるのに対し、一方の涼と書かれた方は墨痕鮮やかな筆文字だった。
 店に出入りする者がその場に居たなら、前者が店の店主で、後者がたまに顔を覗かせる、一風変わった妹の名だということを教えてくれたろう。

 庭に丸く張り出した店の薄いベージュの壁は、どうも家主が自分で塗ったふうな雰囲気だ。じっくり眺めていると、あちこちに色むらがあるのが情けない。
 店の前にも、看板が掛かっている。

「天空カフェ」。

 なんだか、とても申し訳なさそうな風に見えるのは、その看板が表札程度の大きさのせいだ。ここでもまた、店主のやる気は疑われてしかるべきだろう。

 さて、その店主だが……普段ならば、この時間、眠たげな顔をして花壇のような菜園のような庭先の世話を始める姿がみられるのだが、今日は、それが、ない。

 目を醒ました店の、その息づかいのように、ふんわり漂ってくる朝のバニラエッセンスや、パンの焼ける匂いもなければ、コーヒーの湧く音もなしだ。
 ひどく、静かである。

 店の戸口のあたりに、異様なものが積みあがっている。
形も柄もばらばらな椅子やテーブル。
 店の中で使われていたもののようだが、それらがすべて店の外に運びだされていた。
………では一体、店の中はどうなっているのか?

 店主のかわりに、奇妙な風体の女が、夜明け前から、店を出たり入ったりしている。
この状況から言うと、おそらくは、この女が、表札の妹のほう。涼、ということになるのだろう。もう少しでくるぶしまで届くだろう、長い黒髪。肌がどこまでも白いのが目をひく。焦燥した横顔は、狼狽えているせいか、稚ない雰囲気すらする。しかし、なにより特筆すべきはその風体のはずだ。

 ひな祭りの雛段から、お雛様が血相を変えて駆け下りてきたら、こんな感じになるのかもしれぬ。
 初めて店に入ろうかと来た者が見たなら、その姿を見て、迷わずその場で登ってきた坂道を降りて戻ったろう。何を生業にしているのか知らないが、ちょっと、現代社会からはずれすぎている。

 店に入ったと思ったら、飛び出してくる。
家の周りを走り回っていたかと思えば、また店に戻る。
 何が起こったのか、彼女はさっきから必死の形相で、もうそんなことを、もう何時間もくりかえしているのである。

 美しく豪華な平安貴族さながらの出で立ちが、手作り感たっぷりののどかな洋風建築にそぐわないこともさることながら、その必死さが、朝の景色を一転させている。
 豪奢な祀り衣装なのに、片袖がなく、白い腕がむき出しになっているのもまた異様だ。

 どのくらいそんなことを繰返していたのだろう。
やがて、気力、体力、すべての力を失った様子で、庭から店にあがる小さな階段の上に腰を下ろし、がっくりと頭を垂れた。

 その体が、急にふたまわりも小さくなったように見える。
膝の間に頭をたれ、顔を覆ったその姿は、まるで迷子になった幼児のようだ。

 ……泣いているのかもしれない。
ずいぶんと長い間、彼女はそうしたままでいた。
 そう……林道とは反対側から、まるで、彼女の頬を撫でるように、ふわと柔らかな風が吹くまで。

 彼女がそれと気付いて顔をあげると、そこに幼い少年と少年を連れた女性がひとり、彼女の姿に、驚き、案じたように見下ろしている。

「かずどの」

どうやら、やってきたのは、朝一番の店の客だったらしい。
 涼は相手の名を呼び、困ったまんまの顔で笑みを作ろうとした。が、どうもうまくゆかなかったようだ。

 客の女性が歩み寄ってきて、何事か涼と話をしている。
先ほどまで頭を抱えていた涼の表情が、客の女性と話しているうち、ゆっくりと和らいで、やがて、客の女性とともにいる少年の方に注がれる。

「………せっかく来てくれたのに、済まぬな。兄上、おらぬのじゃ。………登夢どのかや。キレイな目をしておるのぅ。ウム。この次は、かならず。兄上に言うて、なんでもうまいものを食わせてやるでな……」

 少年がこくりとうなづくのに、涼は力を得たように立ち上がろうとした。
と、客の女性の手が、ふっと涼の頭の上に乗る。
 そのままぐりぐりと頭を撫でられ、背をどっとどやすように叩かれる。

明るい笑顔を向けられて、涼は一瞬、虚を突かれたように相手を見たが、

「かずどのには、かなわんのぅ!」

 狼狽の深かった表情に、ようやくそれが彼女本来の持ち物なのだろう、ニッとした強い笑みが浮かんだ。

 やがて、また一人に戻った涼は、今度は気を取り直したように、キッと空を見上げる。

 頭の中は、本来居るはずの兄が店にいないことで一杯のようだ。片方しかない袖を翻して店に戻ってゆく背中を、林の中から淡々と見つめる彼の目があることなどは………あの様子では、無論、気付いても、おらぬだろう。











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